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監督:アンドリュー・アダムソン/
ヴィッキー・ジェンソン |
ドリームワークスが満を持して送るフルCGアニメーション活劇。
2001年度全米興行収入NO.2の作品。 |
CGアニメーションというものを感じる上で一つの転機になる作品だと感じます。
何よりも世界観の「狭さ」が、いい方向に働いて違和感なく物語に集中できる
あたりが素晴らしいな、と。
その登場人物の少なさや、物語が会話で作られていくあたりなんかは
舞台劇を鑑賞してるような気分。これがなんか心地良い。
まあ舞台の上に立ってるのが緑色のオーガとロバというあたりが
メルヘンでもあり、ある種悪質でもあるんですが、コレが全く不自然でなく
なんかいるよなあ、こーいうの、と思ってしまうほど親近感が湧くんです。
序盤の道中の会話のかみ合わないっぷりはホントにものすごい良いです。
あと中盤からはキャメロン・ディアスなプリンセスに尽きるんですが、
これ最初出てきた時からあんまりかわいくないあたりがツボです。
だいたいお姫様なのに三十路前に見えるんですが。
まあお姫様に年齢制限はありませんけど。
でも、そのあともっとすごいコトになりますが、それは見て確かめてください。
とにかく通して見て、非常にキレイな一本道の作品なんですが、
ディズニー的なうさん臭さを否定しつつ、なおかつディズニー的な楽しさを含有
している気がするんですよ。
なんていうか向こうのアニメーションにはあまりないバランスのとれた作品の
ように感じました。
キレイ事が過ぎるわけでなし、かといって風刺に特化するわけでもなく、でも
両方ともほど良くブレンドされてる感じで。
なんか説明しずらいんですが、いい感じの作品です。たぶん。
(2001 12/28) |
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監督:シム・ヒョンレ
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韓国製のフルCG怪獣映画。
米韓の共同出資で15億円かかってます。 |
何から話せば良いんでしょうか・・・
とりあえず、玄人指向の作品なので一般の方は10分ほどで退出
してしまうかと思われます。
まず、教授が光る岩をみつけました。イエーイ。それを部下に掘らせます。
で、つるはしを刺した瞬間、大爆発。ここの人の燃えっぷりはかなり最高。
でもこの爆発の意味は最後まで謎でした。
とりあえず教授は死なずに、なんか出てきたヤンガリーの骨を発掘していきます。
この発掘の過程で、教授の師の博士が警告に来たり、助手の人がやめたり、
報道カメラマンの人が教授と手を組んだり、作業員が怪死したり、
色々つまらない話が約30分続きます。ガマンです。
ちなみにこの冒頭の部分が色々な伏線になっていて、
後半になって目からウロコが落ちるようなコトはまったくなく、非常に無駄な時間です。
で、突然、場面は宇宙局みたいなトコロになって、
地球の衛星軌道上に宇宙船がいることに気がついた!みたいな感じで。
でこの先から、悪い宇宙人(終始2名)が15分ごとぐらいに出てきて、色々します。
まずヤンガリーさん(2億才)を蘇らせようとするんですが、
1日1回、深夜に宇宙からビームを当てます。ビームの素材は謎ですが、
少しずつヤンガリーは育っていきます。かなり地道な作業です。
そしてヤンガリーは蘇ります。グオーって感じです。声がカッコイイ。
で、やっと出たヤンガリーですが、突然消えます。宇宙人がワープさせます。
ここらへんで、助手の人が名セリフ「この怪獣、古代のニオイがするわ」とか言います。
ものすごい突然言います。アドリブだったら神の領域。
で、
都市部にワープアウトするヤンガリー、逃げ惑う人々、出撃する戦闘機、と
おおっ、怪獣映画的スペクタクルと、今までのガマンが一瞬報われた気になります。
子供のバスとか襲うんですが、運転手のドライビングテクニックすさまじく
間一髪で火の玉を10発ぐらい交わします。子供達おおはしゃぎです。
戦闘機がたくさんミサイルを撃つんですが、ヤンガリーは敏捷性に長けるらしく
一つも当たりません。 そして流れ弾が全部ビルに大命中。
そんな映像を延々と見せられます。ヤンガリーはかわしまくって、
たまにタンみたいな炎を吐いて戦闘機を落としたり。
大勢が不利と見るや、軍はロケッティアみたいな部隊を繰り出してきて、
ヤンガリーをなんとかしようとしますが、あきらかに戦闘機より弱そうで
不安になります。あげく、突然、隊員の一人が「怖いので辞退します」と
ヘリから降下直前に言い出し、隊長を困らせます。
よくわからないんですが、このシーンも後になんにもつながってなかったり。
えー、そうこうしてるウチにヤンガリーさんの弱点は頭のデイモン(石みたいな)
だと言うコトが判明、ロケッティア隊の人が特攻してそれを砕きます。
ちょっと間違ってますが、なかなか熱いシーンです。
石をくだかれたヤンガリーはフラフラしてますが、死んでません。
そんな時、ここぞとばかりに戦闘機がミサイルを撃ちます。卑劣極まりないですが、
それも外れてビルに当たります。ヤンガリーの敏捷性より
戦闘機の命中精度に問題があることがわかりました。
で、ビルが崩れて、下の人たちが死んでまう、みたいなんですが、
ヤンガリーが崩れるビルを受け止めます。
そうです、彼は本当は人間の味方だったのです。やったー。
あー、そこ、帰らないで下さい。まだ続きがあるんで。
というわけでデイモンで宇宙人に操られていたヤンガリーは正気になりました。
で、宇宙人達は「くそっ、でも我々にはまだサソリゲスがある」とか言い出しました。
宇宙船からはなたれるビーム、そしてヤンガリー付近に直撃。
閃光、轟音、ふっとぶ市街地。
てっきり"サソリゲス"というのはこのビーム攻撃のことだと思いましたがちがいました。
地面からあらわれる第二の怪獣、それがサソリゲス!
思います。わざわざヤンガリーを生成、操作しなくても、これを先に送り込めば
コスト削減になるのではないかと。
ともかく、サソリゲスはデザイン的にカッコイイです。これまた。
ここから激闘がはじまるわけですが、
すっかりみんなヤンガリーに肩入れ状態。
さっき部下が特攻したのに隊長まで「がんばれ!ヤンガリー!」とか
言ってます。相当の鳥頭です。
軍司令部も「我々は祈るしかない」とか、ビルだけ破壊しといて神頼みにしけこむ
あたりが妙にリアルな感じもしたりします。
で、ここから先は、劇場で確認するまでもなく、淡々と終わっていくので、
とくに言及することもありません。
OPのタイトルバックとかなかなかステキだったり、
個々にカッコ良いシーンはけっこうあるんですが、全体的には不条理コントです。
ツッこみは観客の担当のようなので。
昭和ガメラの末期のようなどうしようもないダメさ加減が好きな人は
是非とも見て感銘を受けて欲しい作品だと思います。
(2001 12/17) |
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監督:ジョエル・コーエン |
コーエンブラザーズと愉快な仲間達の真骨頂。
歌とお宝と十人十色が渦巻くロードムービー。 |
方向性としてはミニシアター的なイロモノだと思うんです。
コーエン兄弟は毎度のコトながらなんですが。
とにかくキャラクターなりシチュエーションのベクトルが振り切ってる感じで。
ただ、この映画としてのバランスのすばらしさはいったん何なんだろう?と
一周回って疑問に思うぐらいの素晴らしい作品。
後半、強引ながらきちんと一つ一つがまとまって行くあたりは
ちょっと心地よすぎて泣けてきます。マジで。
特に政治集会のシーン。ここ最高。
あと中盤、牛の死にっぷり最高。
と、挙げていくとキリがないくらいに個々のシークエンスが
きちんと出来ていながら、全体的なバランスもとれてる。
それをさらにきっちり音楽がつないでいて、無敵。
あまりどうこう言うモノでもない気がしてきました。
とりあえずジョン・グッドマンは何かを振り回すのが似合いすぎだと思います。
とりあえずサントラは買います。
(2001 11/20) |
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監督:ローレンス・グータマン |
『A.I.』を引きずり落として全米NO.1に踊り出た快作。むしろ怪作。
国内用コピー「世界はどっちの肉球に!」はかなり名コピー。 |
まず『ベイブ』を想定すると、エラい目にあいます。家族連れとかにありがちな。
若干は上記の作品のような「でも動物ってかわいいよね」要素がありますが、
ストーリーが007に激しく影響されすぎてるので、
スパイ映画免疫がないと、なんだかよくわからない部分がかなり。
でも戦闘モノと言っても『銀牙伝説ウィード』 とかも違います。
あんなに激しく死んだりもしません。
もちろん『子猫物語』のような本物の残虐さもありません。
しいて言うなら"ビストロゴンタ劇場版"というのが個人的に
しっくり来ます。あーいうのが延々続く感じで。
技術レベルは完璧。どこからがナマモノなのか、人形なのか、デジタルなのか
全くわからない、というか気にならない。
そんな技術力を結集して、犬と猫が殴ったり蹴ったりするだけの映画を作るわけ
なので、そこら辺がたまらなくステキなわけですよ。
ただ残念なのは、ストーリーがきちんとしているあたりかと。
飼い主の少年との友情とか、この際どうでもいい要素をきちんと
盛り込んでしまうあたりがちょっと保険的でゲンナリです。
アホ映画を徹底すればこれはかなりの名作になり得た気がしないでもないです。
こういう作品にこそ、最後に地球が爆発する要素が欲しかった。と。
あと窓口で「『キャッツ&ドッグス』大人一枚」と言うのは、
なぜか軽く間違ってるのではないかという不安に襲われます。
(2001 11/3) |
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監督:サイモン・ウェスト |
ゲームの映画化。にもかかわらず、全米NO1獲得。
アンジェリーナ・ジョリーは国連親善大使にもなったり。 |
ララ・クラフト万歳!
みたいな映画です。なのでこの作品内で女性はララ・クラフト以外存在しません。
そのアンジェリーナ姉さんのララぶりといったらほぼ完璧。
飛ぶわ撃つわ謎解くわ殴るわ時間止めるわの2時間ほぼずっとアクションづめ。
最後のほうになるともうわけのわからないテンションになってきて、
ナイフの刃先を握らなくてもいいのに握ったり、
ソリなしで犬に引っ張られたりします。熱い女だと言う事は伝わりますが、
果たして何を意味しているかわさっぱりわかりません。
ストーリーは悪い人達がすごいアイテムを手に入れて、世界を手に入れそう
なのでララ姉さんがなんとかする、という低学年向けの勧善懲悪。
ただ、あまり話を見る作品でないことは、アンジェリーナ・ジョリーの胸の
強調っぷりからも明白で、序盤のフィル・ティペット系のロボットとの対戦、
中盤のハリー・ハウゼンチックな石像との対戦などなどビジュアル面での
楽しすぎる要素が満載なわけです。
ゲームと映画のバランスがきちんととれた稀有な例だとおもいます。
ただ、どこの段階で問題があるのか良くわからんのですが、
音楽のボリュームが小さいんですが。
U2、ファットボーイスリム、果てはベースメントジャックスまで使ってるのに
なんか隣の部屋から聞こえてくるラジオみたいな音量。
劇中だけでなくて、EDクレジットでも小さかったので、意図的なんでしょか?
アトラクションムービーなんで、アクションシーンでは音量無視でガンガン
鳴らして欲しかったのでそこら辺で少し拍子抜けしました。
(2001 10/30) |
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監督:宮崎駿 |
『もののけ姫』から4年。
引退宣言とかは全部なかったコトに。 |
DLP上映で見たんですが、これに驚愕しました。
あまりにも美しい東宝ロゴ。隅々までチリ一つないクリアなスクリーン。
あー、これは確実にフィルムの時代は終わるなあ、と感じました。
くそデカいリールを何巻も運んで、上映ごとに交換する手間が全部
なくなるわけですし。もはやフィルムのメリットってそれ自体が持つ
フィルムとしての存在だけになってしまった気がします。
映画にとっては一つの転機が訪れたと。
それで作品についてなんですが、結論から言うと何の変哲もない
出来のいい子供向け映画だと感じました。
ただ、その個々のシークエンスの盛り上げ方、
卓越したビジュアルセンスで構成された世界観、
そこら辺は圧倒的で、緩急のリズムも素晴らしい。
コトバであまり言及せず、画の中から想像出来る余地を残す
あたりも心地よいと思います。
ただ個人的に好きになれないのは、監督の理想の女子児童像を
無理矢理押し付けられてる感が強いとこらへんにあると。
その理想が倒錯した部分から現れているものならば、大いに共感するんですが、
完全にオッサンの少女幻想というか、現代少女のあるべき姿、
のようなモノをヒモをつけた人形で自ら演じているようなあたりが嫌な感じです。
結局カタチを変えた説教映画じゃねえか、と。
頭ごなしに「これは、ダメ。あれは、ダメ。」と言う方法論から
「こうなっていけば、ハッピーエンドにたどりつくんだよ」的誘導法に
進化しただけではないかと。
なのでお子様好影響映画なので、情操教育には最適。
記号的ピカチュウもたくさん登場するし。
そういう意味では、いい映画だと思います。
湯屋は久石音楽とあわさるとなんとなく『天外魔境2』っぽいなと思いました。
あと端々に倒錯した部分もある気がしますが、具体的に指摘すると
ただの変態妄想だと思われがちなので、心の中にしまっておきます。
(2001 8/5) |
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監督:ロマン・カチャーノフ |
今はなきシネマワイズの1998年の上映から3年。
チェブ公は帰ってきやがりました。 |
短編3本中、2本は3年前に見たのと同じだったのはまあ、仕方ないとして
なぜに本編上映前の紙アニメ(チェブ公とは何の関係もなさげ)まで
同じなのかが、かなり謎なんですが、解明する気とかは全くありません。
とにかく、チェブ公のキュートさにかなうものなんて、もう世の中には
存在していない、存在することは許されない、そんな勢いのパペットアニメです。
チェブ公だけでなく、犬とか猫とかの動きも激かわいい。
女子中学生ならハート型の記号を噴出しながら卒倒するぐらい。
造型や動きだけでなくて、この作品には何か絶妙の間があるんです。
流れの中で突然ピタっと止まる、そのタイミングが絶妙。
全編に流れる、いかにもロシア的なちょっと哀愁を帯びた音楽も、
なかなかに心地良いです。
70年代東欧諸国の民主化運動が激化する中、徐々にその波が
押し寄せるソ連で、どうしてこういう叙情的なものが生まれたのかが
そこそこ謎だったりするんですが。
ただ話の端々にはちょっとしたプロパガンダも見られるんですが、
全部チェブ公のキュートさが完全に吹き飛ばしてる気がします。
(2001 8/4) |
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監督:ティム・バートン |
ついに来た、リック・ベイカーの真骨頂。
猿という生き物をこよなく愛した男のひとつの集大成。 |
バートンの世界観にベイカーの猿が舞う、この一点につきる映像だと感じました。
なぜなら脚本がかなりヤバいです。
どう考えてもコメディにしか見えない序盤の逃走劇、
終盤の戦闘劇、そしてその幕切れ。大爆笑です。
何の疑いもなく自然と笑いが出てしまうほどの、間の抜けた展開。
笑える部分はまあいいんですけど
「噂を聞いてみんな集まって来たの」にはかなりの勢いで愕然とさせられました。
それは適当すぎるなあ、と。どこのシーンかは見たらわかると思いますが。
けれども、それを覆って余りある猿達の素晴らしさ。
造型はもちろん、その演技においても、もはや完全に猿。
それが人間のような言語能力を持ち、人間的な生活をしている、
この奇妙な感じがなかなか楽しいと思うわけです。
一つの指標として1968年の作品があるわけですが、
あの『猿の惑星』の持ちえた衝撃と辛辣さはこのバートンの
再生版では流れの中での前提として消化されてしまっている気がします。
キャメロンが「前作を越える事は出来ない。」と監督のオファーを蹴ったように、
一つの完成品を、もう一度同じ様に組み立てるのはほぼ不可能で、
また同じ様に組み立てても、それは「同じ物」でしかないわけで。
ただバートンがこの作品で見せたかったのは「猿の動き、に何か感じるものある」
という部分であって、あまり「権力と暴力」やら「衝撃のラスト」ではなかった
ことは確かではないかと思うんです。
んなので、この猿の動きの完成度そのものがこの映画に完成度、
だと感じるのはいささかひいきが過ぎるんでしょうか。
一つ個人的に気になるのは、
だんだんバートンの持つ狂気の雰囲気はなくなってきている気がします。
どんなにコミカルなシーンの裏側にもあったあの悪質で暗い寸止めの狂気が。
間違いなくリサ・マリーに包まれてだんだん浄化されてきているようです。
どうでもいいんですが、
頻繁にエステラ・ウォーレンの口が開いてるのがかなりエロいんですが。
そういう部分も含めて、ビジュアル面で見れる、というか魅せる映画だと
思います。ストーリーを求める方にはすこしキツい。
(2001 7/31) |
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監督:コートニー・ソロモン |
10年かかって、映画化権から制作費までをコツコツ積み上げて
作った映画。もちろん監督も自分で。 |
思い入れに溢れた作品だと感じます。
自分の中にある最大限の原作のイメージをフィルムに定着させた、
そんな風な。
ただ、どうにも時間の関係で泣く泣く切ったのではないかと思える、
"もう1カットあればわかりやすいのに"なシーンが多いんです。
たぶん、3時間ぐらいの長尺でなければ、この話は全貌が見えない感があります。
んー、見えないっつーほどの深さはないんですが、物足りないというか。
ストーリー部は置いといて、注目すべきはプロダクションデザイン。
「これがファンタジーの世界です!」という皆の頭の中にある(ない人はないで)
一般的なファンタジー感をそのままヴィジュアライズ。
ドワーフやらエルフやらリザードマンが想像してた通りの姿で登場。
なので、見たことない世界なのに、なぜか既視感に襲われたりします。
ただ主人公の顔と王女様の顔が微妙なのが、この作品のネック。
なんとも言えない玄人好みの面構えなんです。
途中、映画よりも、顔に見入ってしまうコト多々あります。
あと悪いハゲが出てくるんですが、てっきりハムナプトラのイムホテップ役
の人だと確信していたんですが、調べたら違うらしく、がっかり。
あとドラゴン、後半いっぱい出てくるんですが、扱いが『パールハーバー』の
零戦みたいなものなんで、『ドラゴンハート』みたいなものを期待している人は
見ないほうがいいと思います。ガンガン撃ち落されるんで。
色々微妙なんですけど、見たいと思った人は見といたほうがいい作品だと。
コートニー的には三部作らしいんですけど、プロデューサーに徹して
別に監督見つけてきたほうがいいんではないかと思います。
あ、役者はこのままがおもろいので、続投希望。
(2001 7/18) |
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監督:スティーブン・スピルバーグ |
わからないまま勝手に逝ってしまった巨匠へのリスペクト。
本人は嫌がってるかもしれないけど。 |
思ってました。スピルバーグ的な出来になるんだろうと。
キューブリックを模したところで、それが「らしい」作品になると
失敗を意味することはスピルバーグ自身が良く感じていることだと思うし、
なによりもあの圧倒的な冷たい静寂感を他の人間に出せるのかというと、
表面上はそうなるかも知れませんが、底の見えない深さまでは現せないだろうと。
ただ一つ、スピルバーグ的、というのは巨匠のそれを含有しつつ、
さらに自分のカタチで出力しうる、という想像を超えた深いものであった
というのが正直な感想です。
「キューブリック」という冠を掲げるにおいて、
全くその意味をそのままに近いカタチで出しえた最高の結果の一つだと感じます。
映像に関してはもはや何も。
ただ、ファミリー向けとしてはやや危険。というか、かなり危険。
おそらく自分と向き合うための作品ではないでしょか?
作品内で多用される鏡やガラスの映り込みの表現があらわすように。
見た人間の数だけの余韻がある作品だと思います。
個人的に感じたのは、EDロールの後の最後の一行。
なるほど、大きな物を失った。と最実感した時、やや目頭が熱くなりました。
(2001 6/29) |
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監督:スティーブン・ソマーズ |
ついに完成してしまった、欠落型エンターテイメント第2弾!
誰だ!ソマーズにこんなに予算を与えたヤツは? |
公開初週とはいえ、なんで月曜の朝イチの上映で北野劇場(席数1016)が
ほぼ埋まっていたり、隣のオヤジが朝イチからビールをかっ喰らっていたり、
そんな状況が、まるですべてソマーズに仕組まれたかのようにこの作品と
呼応しようとは誰が予測出来たでありましょうか。
そうなんです、
すべてが『ハムナプトラ』というシチュエーションの一環なんです。たぶん。
前作を見た人は既にわかってると思いますが、
この監督は、全てにおいて感情を揺さぶるシークエンスを優先します。
これが面白い!これがカッコいい!これは気持ち悪い!こんなにたくさん!
すごいのは、それ以上の意味合いを全く付加しない、
それどころか映画としての繋がりさえも危ういと感じてしまう程、
勢いを重視ししてしまうあたりにあると思います。
それにブレンダン・フレイザーという飛び道具が加わると、こうなるわけです。
ブレンダンだけでなく、レイチェル・ワイズも、子供も、ハゲも、ミイラも、虫も、
どう考えてもみんなノリノリで撮影をしているようにしか見えません。
なのでノリノリで見るしかありません。
ただ今回、ソマーズはお金がいっぱいあったので、
ちょっと加減というモノを完全に見失ってしまったようでした。
後半、大変なことになりすぎて、観客が置いていかれてしまいます。完全に。
「ワー」ってな感じが、30分以上続くため、もうどうしていいやら。
ひょっとしたら今まで発動したことのない感情が生まれるかも、とか思うぐらい
ひたすら計算を感じさせない節度のないアドベンチャーを叩き込まれました。
前作と同じく、見終わった瞬間に全く何も残らないあたりもステキ。
どう形容しても最後にはすごいとしか言えない映画です。
あー、EDロールのヒエログラフでタイポグラフィがかなりイカすので
本編でパニックになってすぐ劇場をあとにしないように。
(2001 6/11) |
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監督:りんたろう |
手塚治虫原作、大友克洋脚本、制作費も年月もつぎこみまくった大作。
なのに三番街シネマ扱いとはこれ如何に。 |
手塚治虫原作の映画の持つ感覚、個人的になんですけど、
ハッピーエンドでもどこか切ない感じ、というのがあります。
『ユニコ』とか『火の鳥』とか。余韻が内側にきゅーっと来るんです。
数々の実写版とか出崎監督の『ブラックジャック』はもちろん除いて。
その感覚が、この作品、きちんとあるんです。あてられました。
ティマやケンイチをはじめキャラクター描写は丁寧に不完全です。
その皆まで語らない具合、寸止め具合が本当に微妙で、心地良い。
最後のほうなんて、もう言葉の部分をほとんど放棄しちゃってるんですよ。
だからその少ない言葉にこめられるてるものっていうのが直線で飛んでくる。
個人的に、ティマの描写が前半の天使、といった感の神秘の存在から
後半のあーいう形態へと移ってゆくのがたまらなく好きだったりします。
少女性に人形、そして融解的フェティシズム、そこに監督の言う
「手塚作品の持つ線のエロス」が融合。そこはかとなく無敵です。
ラスト近辺、崩壊からの再生、『I CAN'T STOP LOVING』にのせての
シークエンスは『博士の異常な愛情』のラストを彷彿させますが、
あのような強烈な悪意はなく、ただただ崩壊の美学を存分に堪能できます。
クライマックス段階だけでなく、全編通しての
映像の精度、美しさはもう鬼。小さいスクリーンでは捉えきれない、
細かいアニメートの数々。原画、動画ともに執念のようなものを感じます。
機械的雑踏感がFFっぽかったりもしますが、
映像の圧倒力は今までに類を見ない強さがあります。
などと、もう絶賛。未だ自分の中の余韻に酔ってる部分もあるんで。
作品内に完璧を求める人にはあんまり、おススメしません。
人の言葉を借りると
「しかしその後 しあわせになったと聞く
いいな、それは なんだか涙が出るな」
という感じの作品だと思います。
(2001 6/6) |
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監督:ブノア・マリアージュ |
24時間で41827回ドアを開閉する事にチャレンジする、スポ根家族物語、ではなくて
ダウナー系ダメ親父を軸に続いていく人生の断片集。
カンヌ監督週間正式出品作品。 |
最初にこの映画のとても大事なところを言うと、この家族の娘、
ルイーズ役のモルガーヌ・シモンが妖精です。
この娘にチア・ガールという設定を与えるというのは、鬼に金棒。
監督はある種、悟りの人だと察しました。
という倒錯した観点はさておき、たゆたゆと流れるこの展開、
親父の嫌人間ぶり、ハトマニアの機微、とても情緒的。
柔らかいモノクロの映像がさらにそれを引立て、
異国の田舎の街並みが何故か非常にノスタルジックに染み込んできます。
そういう緩やかな画が続いて逝くかと思いきや、ハトレースや扉開閉記録チャレンジ
のあたりはまた違った勢いのあるシークエンスを紡いで、
緩急のセンスも卓越しとります。心地良い。
小団円でまとまってしまうあたりがちょっとありがちですが、
会話の間やセリフがひとつ抜けてます。
それでいてシュール。
ひょっとして無敵?
(2001 5/25) |
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監督:ジョン・ハーツフェルド |
| デ・ニーロ主演?まあ、主演・・・でもなあ。 |
久々に説教映画を見ました。
マスコミってヒドいよね!はい、終わり!
という非常にシンプルなコンセプト。
あからさますぎるのそのスタンスはオリバーおじさんに通じるものがありました。
人物描写がブツ切りで、出てくる人間のイベントに対するモチベーションが
全部途中で放棄され、無理矢理、結論(上の太字)に収束されてるあたりが
どうにもこうにもなんですが、特にエドワード・バーンズとラブパートを担う
女の人のフェードアウトの仕方とかがものすごい適当。
デ・ニーロの扱いもかなり適当。
確かに裏をかく展開ではある、と思うんですけど「はー、そうですかー」みたいな
適当な裏切り方。
2時間こんな感じ。
ただカット割りやらカメラワークが気にならない程度に凝ってて
見てて飽きはあんまりこなかったです。
制作意図、細部へのこだわり、デ・ニーロという要素を
雛型に押し込んで完成させた量産型、みたいな感じの映画。
(2001 5/22) |
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監督:ニック・パーク |
アードマン・スタジオとドリームワークスが夢のタッグで2千万パワーズ。
パペットアニメにしてはかなりの長編。 |
ものすごい丁寧な仕上がりを見せてるわけですよ、
そのパッケージ完成度たるや、いかにもドリームワークスなわけで。
ただ特筆すべきはキャラクターが全部バッドテイスト。しかも微妙に。
ロック・ショック・バレルのような「でもかわいい」な側面が皆無。
もちろん観客の感情移入の矛先が迷走。
その表面的な部分はいかにもニック・パークな感じはするんですよ。
セリフの間とか、時間の進め方とか、メカとか。
でもいかんせん、ドリームワークスのディズニー路線の型にハマってる
感が否めません。
観たあとになんか期待してたもので足りないものがあるなあ、と考えてたんです。
で何がそんなに足りないのかと言えば無言キャラ。
グルミット3作で一番ステキに感じるのが、セリフのないキャラクタ達
ではないかと思うんです。グルミットはもちろん、ペンギン、羊、と全部無言。
しぐさで全部表現するあたりが激ラヴリー(MUGO・ん…色っぽい)なのではと感じるわけで。
なのに今作全部しゃべりまくりで、非常に人間臭いドラマが完成。
ただ、それはそれなりで最後の盛り上げ方のカッコ良さはああ、やっぱすごいなあ
とか思う作品です。
期待は良い方向にも悪い方向にも裏切られなかった感じで。
あとテレビ等でメイキング攻勢が激しいようですが、「この1シーンを
撮るのに何週間もかかったんですよ」とかは、なんだかなあ、と。
それなら昔なんかの戦争系映画のビデオの裏パッケージに書いてあった
「スタッフ、キャストに死傷者続出!」とかのほうが、大変だなあと思う。
(2001 4/17) |
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監督:M・ナイト・シャマラン |
| 『シックス・センス』の驚愕が再び!みたいな宣伝。ここに全ての間違いが集約。 |
とりあえずつまらないです。
見ないほうがいいと思います。
これサスペンスでもホラーでもなくてヒーロー映画なんす。
しかも地味な。必殺技がチョーク・スリーパーと警察に通報という
特殊ヒーローもの。
詳しい内容はブルース・ウィリスとの心の約束があるんで
言いませんが、これはちょっと困った映画に仕上がってやがります。
まず大きな謎として宣伝に挙げられてる問題があります。
・何故大惨事でブルース・ウィリスだけが無傷で生き残ったのか?
・何故ブルース・ウィリスは病気にならないのか?
・何故ブルース・ウィリスは怪我をしないのか?
・それなのにブルース・ウィリスはどうして頭皮がむき出しなのか?
・サミュエルの髪型もどうか?
これらの問題が大きな謎としてあるわけですよ。この物語の中において。
それらの答え(最後のは除いて)が、「それはブルース・ウィリスだからなんだよ」
みたいな「定説ですよ、あなたそれ」的押し切りでくくられます。
そりゃそーかもしれないんですが、どうにも腑に落ちません。
構成はシックス・センスと全く同じだったりします。
起因となる主人公とそれを導くもう一人の主人公。
前作はブルース・ウィリスは後者で、今回は前者。
もちろん、親子の絆的部分も付加要素として描かれてて。
で、自分の存在を認識し、一つの事件を解決する事で、その後の指針が
見えかけたところで、導く側の人間へのどんでん返し。
今回はそれがサミュエルの頭が実はパーマの失敗であった、という点で
観客が心を和ませて帰って行くしくみになっているかどうかは
劇場で確認してください。
端的におもろい要素はあります。
序盤が手紙を見つける時の俯瞰の画のブルース・ウィリスが
どうしてもノック元知事にしか見えなかったりするとことか。ただ普通に見るとしんどいです。長いです。長回しもしすぎです。
(2001 2/10) |
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監督:ディーン・パリソット |
与えられて来た『夢』へのリスペクト。同時にこの作品そのものが夢を与えて
くれたりするのがすごいところ。 ヒューゴー賞まで取ってもた。 |
まず「スタートレック?ああ、なんか夜中にやってるやつねえ。
でもあんまり知らないから、この映画の元ネタわからないんじゃないの?」
とかの気持ちで行きました。わからなくても全然良かった。
わかったらなお良かった、とかそういう問題ではなくて、
ものすごく良かった。 ホントに良かった。
劇中劇が一つの前提としてあるわけですよ。
その劇中劇が現実になる、というストーリーが劇であるという
シニカルな二重構図なんかは全くないからすごく良かった。
忘れてしまった気持ちを非常に丁寧に起こしてくれるんです。
徐々に開かれていくドクター・ラザレスの心がそれを巧く表現してます。
信じてたものが、あったらいいな、に変わって、あるはずない、と飽きて、
風化して、可視出来る日常に埋没してしまった、たぶん大切ななにかを
取り戻した気がします。 別にそんなんはどうでもいいんですが。
とりあえず普通に感情が発動します。
終わった時に拍手したくなります。
素晴らしい映画だと思います。本当に。
(2001 2/6) |
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監督:手塚 昌明 |
| シリーズ24作目。それでもあきらめなかった我々に、小さな光は確かに見えた。 |
まずこのレビューは、全てを肯定する前提で書かれてます。
確かに2000はヒドかった。阿部ちゃんの最後の一言がなければ
もうホントにどうしようもない、記憶から抹消したい作品でした。
たしかにその反動は、あります。
でも、それを差し引いてもこの『VSメガギラス』は
本当に素晴らしいんです。
怪獣映画に対する愛で溢れています。
上映前「この映画は最後まで見たら真実が明らかになります」
というアナウンスが流れるあたりで、ああ、もうダメだなあ、と
正直半分以上思いました。
冒頭、ニュース映画ではじまり、昔(1954)にゴジラが来たこと、
そして東京は壊滅して首都が大阪になった事、ゴジラはそれ以来
やって来てないことが端的にテンポ良く説明されます。
何故、首都が大阪なのかはわかりません。
またいつもの様に1作目以外は完全に無視、というスタンスも慣れてるので
驚きもなにもありません。
なお首都大阪は、大阪城を基点に構築されており、すべてが大阪城を
手前に置いたアングルで構成。もちろん通天閣も写ります。
ここら辺の記号的 「大阪」の提示のものすごい大雑把なあたりは
エメリッヒのアホに通じるものがあって少し素敵です。
さて物語は、伊部雅刀が土日旅人のフリをしたデスラーだった、
というとても簡潔な内容なんですが、一つ重要な点があります。
メガギラスの卵を拾ってくるのが田舎のガキなんですが、
親の転勤で都会に引っ越したとたん、
卵が気持ち悪いので下水に捨てやがります。
そしてこいつのせいで渋谷が水没します。
でもこのガキはこの後物語に一切かかわって来ません。
怪獣の近辺に子供は必要ないんですよ、というガメラシリーズに対する
敵対心が何気に感じられました。
さて、本当に素晴らしいのがその特撮のアングルなんです。
その島に上陸するシーンが、『サンダ対ガイラ』 ばりの迫力で
巨大感を十二分に演出。本当に涙が出そうなぐらいカッコ良いんですよ。
そこに襲来する、メガニューラの大群。ものすごい大群。 最高。うわー。
そして最後、メガギラスとの御台場での戦闘。
これがドラゴンボールばりのスピード感で展開。
そしてスピードに押されボコボコにされたゴジラがキレます。
ここが最高にカッコいい。
そしてついに放射火炎がヒット(画面の一番端の下にゴジラ、逆の
上の端にメガギラスという東宝スコープをフルに使った構図)
炎上して落下するメガギラス、なんとそこにもう一発放射火炎!
コンボ発動!
これが今までの全ての映画のどのシーンよりもカッコいい。
感涙です。そうなんです、ゴジラが擬人化するのがいけないとか、
動物的リアルさに欠けるのはダメだとか、そんなことは全くないんです。
そのモチベーションが人間的であれ動物的であれ、
つまらない演出が一番悪いわけです。
さて結局ゴジラはディメンション・タイドという宇宙でガシャコン、と
音の鳴る謎の兵器で消され、めでたしめでたしENDロールが出てきます。
で、完全に忘れてた、ENDロール後の衝撃の真実が!
メガヌロンの卵を拾ったガキがゴジラに殺されます。
つまりこの映画の教訓「拾った卵は捨てちゃダメ!」
人間ドラマ部を割愛すれば、かなりゴジラ映画の中でも上位ランク。
(2001 1/24) |