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上のほうから新しい。

<2002>

監督:手塚昌明
前々作、VSメガギラスの手塚監督が再びメガホンを取る26作目。

着ぐるみの肉弾戦はもはや見るに絶えない、という第一印象。

いわゆる「砕け散るまで戦え!」というコピーに心躍らせていたわけです。
ましてや、『VSメガギラス』 におけるあの戦闘のすばらしさというあたりで
手塚監督に期待してるものがかなり大きかったわけですが、
結局は90年代のメカゴジラやらスペースゴジラやらデストロイアやら、もっとも
苦痛を強いられたあたりの出来に逆戻りしております。

まず大前提に釈があるわけで、この釈のキャラクタライズを完全に失敗しています。
4年前にに誤って同僚を半ダースほど殉職させてしまう、という部分のみ描かれて、
何故に自衛隊員であるとか、「家族や兄弟はいない」と言わせておきながら、
その理由も全くナシ。また、メカゴジラのオペレーターに選ばれた理由も不鮮明。

思うに、もっとステレオタイプな少年漫画的人格付けを施しても良かったのでは
ないかと。家族をゴジラに殺されて、とか。ン万人に一人の超能力者みたいな。
中途半端にエヴァンゲリオンをパクるぐらいなら、もっとそういう今川泰宏的なGの
要素をブチ込んで、そうした上での「砕け散るまで戦え!」が見たかった、と。

昨今のロボットブームに煽られて、その理由だけで抜擢されたメカゴジラが
飛行機で吊られて移動するシーンはヤコペッティ映画でヘリで吊られていた
寂しそうな馬を彷彿させるだけで 、放射火炎の中から現れた74年の
メカゴジラ素晴らしい登場と比べると悲しくて涙が出る勢い。

EDロールを見る限りは著名な大学のロボット工学の権威から、
色々なアドバイスを得て作りました、とか言いたいみたいですが、
いかんせん造形の時点でそんなモノは無駄くさいのですが。

あと今回のも一つのポイントは子供なのですが、これのポジションも微妙。
釈のドラマラインともう一方のラインとして、宅麻伸演じる教授親子というのが
ありまして、この二つの接触が相互作用でお互いの境遇を引き出す為の素材として
それなりに働くのですが、これがどうにも空回り。

まあ人間ドラマ部はハッキリ言って元からそんなに別にどーでもなんですよ。
大事なのは、そのVSな部分であって、
その試合に対する我々のペイメントであるわけですよ。

なのに、メカゴジラさん(正式名称 機龍さん)は主にミサイルで攻撃ですよ。
そして最終兵器も絶対零度砲みたいな、いわゆる冷凍ビーム。
あなたそれなら別にそんな形態している必要性ないんではないですか?
とか普通に思います。そのミサイルとか冷凍ビームを飛行機に積んだほうが
低コストで国税を浪費しなくて済むのではないのですか?と。

否、それはすなわち映画なわけで、カッコよければあらかた良し、なのです。

ただ、これが格好悪いことに今回の最大の問題が凝縮。
冒頭で述べたように、特に四肢の自由があまり利かない怪獣が2体では
もうチョップ、チョップ、噛む、チョップ、たまに尻尾。
うああ、なんてもっさりした戦闘だ!と。
あとあからさまに吊ってる感があるジャイアントスイングとかもうやめてー。

で、間に挟まれる釈の「行くよ、機龍」とかロボットアニメチックな
恥ずかしい独言が挟まれるわけです。

んで、またもさもさチョップとか。
ブースターでちょっとしたスピード感とか出すわけで、
全く見所がないわけではないんですが、なんつーか決着とかも
全部消化不良で、なんかもうホントにちょっと悲しくなるわけです。

あと機龍さんはデリケートな機械なので、
放射火炎一発でだいたいダメくさいです。

えーと、結果、ミレニアムとタメを張れるぐらいの駄作です。
が、たぶん要素としてもっとも悪いのは東宝の持つ「ゴジラ」というキャラクターを
無駄に大切にしようとする姿勢だとしか思えません。あとは90分というフォーマットも。
散々酷い事言いたくなるのは、 そういった製作周辺事情の打算が、
監督の持ち味を殺してしまってるようにしか思えないからです。

だから手塚監督にはまだまだ期待します。
末端ゴジラヲタとしての羨望もこめて。

(2002 12/29)
監督:出崎統
まさかの2年連続ゴジハム体制。そして監督は引き続き出崎氏。

個人的には併映作品でしかないこの作品が、2年連続で言及しなければ
ならないと感じるのは、前作を上回る全てを無視したテンポであり、
そしてその圧倒的な小動物世界を、こちらの疑問の間なく叩きこまれ続ける
この陵辱感のようなものが、ある意味昇華されてすばらしいから、なわけで。

緩急の「緩」が完全に意図的に欠落しており、もはや大音量で聞こえる
ハムやらヘケやら様々な擬音の波を浴びているだけで、やや脳内が思考を停止
するわけですが、その上、突然はじまるミニハムずの歌とか、悪い人が羊に
乗って登場とか、個々を知覚する前に次のシークエンスが襲ってくるわけで、
「わぁ」とかそんな感じでこちらも完全に反射神経で対応する勢い。

常に画面内を何かが動き、そしてコトバが次々と放出される、そういう感じ。
今回は前回よりそのスクリーンからのGが激しく、少しのけぞるくらいに。

そして、見所の今回の出崎的止め絵劇画は、終盤手前ぐらいのハム太郎が搭から
飛ぶところと、マントに捕まるところの、二段構成
あとOPのハムちゃんズに出崎シャドウがかかってたので怖かったです。

でもそういう種々の構成要素は、 あんまり気にならないわけですよ、本当に。
終わった後に何か自分の中を今までにないものが通り過ぎ去った後のような
不安の中にある小さな解放感みたいなものが生まれます。たぶん。

言葉にするなら「圧倒的」としか言い様がない。

(2002 12/20)
マイリティ・リポート
監督:スティーブン・スピルバーグ
ヤン・デ・ボンが自監督として立ち上げた企画の脚本に目をつけたトム・クルーズ。
そのトムが監督に正しい危機感を感じて、 スピルバーグを指名して出来あがったSF大作。

ザ・未来の映像なわけですが、それがプライベート・ライアン的な動きの粗さを持ち、
なおかつ銀残しな色調で展開するので、これが感覚的に面白い。
どこまでがカミンスキー撮影の手腕なのかは謎なんですが、『A.I.』で見た未来よりも
遥かに趣深い、そして人の生きている感じがする未来。

とりあえず序盤はその未来の映像に陶酔できるだけで楽しいんです。
一人逮捕するまでの過程で犯罪予防局の仕事を説明してしまって、
そして逃げ始めるあたりまでの導入部のシークエンスもダレ場なしで軽快。
あと、変なインターフェイスやら、マグ=レブ車やら、クリスタルのストレージメディアとか、
色々な小道具関連も楽しい。

ただこの映画、後半にかけて普通の逃亡劇&サスペンスになります。
それなりに伏線を貼って、それなりにまとめる、それなりサスペンス。

これはディックの原作ではありえないだろう、というようなまとめ方ですが、
むしろ困惑して終わるよりかこれのほうがいいのかなあ、と後々思いました。
直後は、こんなにまとまってていいのかなあ、と思ったんですが。

特筆すべきは、スピルバーグらしい無邪気なグロさだと思うわけです。
ゲロとか目玉とか。あー、こういうのいいなあ、インパクトだけで。とか思うわけで。
あとシリアスな場面にどうでもいいコミカルな場面をはさむあたりも好き。

通して見た後には、やや物足りなさを感じるわけですが、その各々の要素の
細かさが余韻として再考の楽しさを与えてくれる作品ではないかと。

あとトム・クルーズというのはやっぱり存在感が無駄に大きい。

(2002 12/20)
スパイダーパニック!
監督:エロリー・エルカイェム

エメリッヒ&デブリンがプロデュース、監督は今回が初となるニュージーランド出身の人。
クモが大きくなる短編映画が世界各地で絶賛されたから、という抜擢理由。そのままや。


モンスター映画においてB級と言われるものは、
個人的には誉め言葉の意味を持つものだと思うんですよ。
すなわち大作の足元にも及ばないような予算で大作に劣らない面白さを持つ作品
という、誉め言葉としての「B級」。

それをあなた、大変な予算を組んでB級テイストを再現する、というこの試みを
やってみたのがこの映画。もちろん失敗しているあたりがエメリッヒ。

我々が楽しむべらくはこのエメリッヒの「勘違い」の部分なんですが、
なにせプロデューサーの位置まで下がっているわけですから、そんなに
あの絶対的なアホさ加減は出てこないわけで、監督のエロリーのそれなりの
手腕が表に出てしまう事で、割と普通に良く出来たモンスターパニックコメディ
仕上がっていて、それはそれで何か刺激に欠けるという感じが否めない。

そう、何が足りないかというとシリアスさが足りないわけですよ。
そのB級ホラーなりモンスターパニック作品がどうしようもなく笑えるのは
展開されている事態がやや間抜けなのに対して、その人々の生と死に直面しよう
としているそのシリアスさのギャップが、もうたまらなくおもろいわけです。個人的に。

その部分を意図的に作品内に盛り込んでしまって、ややコメディぎみにその生死を
軽んじてしまうと、ちょっと冷めてしまうというか。なんというか。

あとお子様が鍵な要素でファミリー層を意識しているあたりもなんかなあ。

ものすごいたくさんの大きなクモ、というのは作品内外でも言及されてる
バート・I・ゴードンの時代から比べるとそりゃもう驚愕の映像なんですが、
どうにも『スターシップ・トゥルーパーズ』 という視覚的に似たような(しかも圧倒的な)
前例がある為に、そのヴィジュアルとしての新鮮さにも欠ける点があるかと。

なんだろう「裏切り」を期待しすぎたのがダメだったんだろうか。
とりあえずエメリッヒはバカですが(とてもいい意味で)
この監督にはスピルバーグになりうる才能があったと言う事で(世間的には良い意味で)
はっきり言うとこの映画、それなりに面白いと思います。

ただ、つっこみ所満載の展開を勢いだけで押し切った後にやって来るカタルシスを
期待したりはしないほうがいいと思います。

(2002 12/20)
監督:堤幸彦

深夜ドラマが異例の映画化、しかも初週で興行収入でトップに踊り出て大変。
でもなぜか堤監督のフィルムの評判はあんまり良くないわけで。


その『トリック』内の1話として見れば、別になんともないというか
普通にあー、今週もおもろかったなあ的な内容なんですが、
いかんせんそれを劇場という大きなスクリーンと大きな空間で皆で共有しようとなると、
これはなんか違うなあ、と悪いほうの違和感がふつふつと来るのは何なんだろうと。

そう思ったわけです。

まず堤監督的な小ネタというのは鼻でスススと笑う部類のモノが多いので、
これが劇場向けではなく、夜分に一人TV向きのモノなのではないかと。
あとも一つは画面が顔で埋まる率が高いので、目が疲れます。
その最初から最後まで画が窮屈に感じるのは、フレームをギリギリというか、
フルショットまでぐらいまでしか引かないので、なんかいっぱいいっぱいで。

TV畑なので、とか最初思ってたんですが、そうではなく、これはたぶん堤氏の
演出の方向性なんだろうなあ、と思ったのはなんとなく実相寺昭雄御大の存在を
思い出したからだったりもするんですが、
ただ、違うのは堤氏はカットの切り返しのスピードがはやいので、
これがその異様なクローズアップの違和感を減らす代わりに、
無意識に目に負担をかけるのではないかとか思ったんです。
が、人体科学的なことは良くわからんですが。

ストーリーはある種、TV版総集編的な感じで田舎村の閉塞的な空間やら、神様やら
そこら辺にいつもの手品ネタ(特にカード関連)をたくさん盛り込んで、
それなりに収束します。
ただ大きな流れみたいなものがあんまり感じられなくて、
小さいエピソードが繋がってる感が。
つか、それがわりと『トリック』 なんで、やっぱりこんな感じか、とかそう思うんですよ。
良くも悪くも裏切られないので、なんか物足りないなあ、と。

かといって一見さんにはやや厳しいだろうし。
結局、仲間由紀恵っていいなあ、に尽きるわけで。

(2002 11/15)
監督:ウェス・アンダーソン

2001年12月14日に全米公開された時の公開館はなんと5館。
それが年明けには740館。作品の力のみで這い上がってきた作品。


たまらなく優しい映画なのです。
他の作品を見なくても、ウェス・アンダーソン監督の持っている
偏執一歩手前の暖かい世界観、というのがとても良く感じられる作品だと。
個々のキャラクターをとても大事にしているのは、ラストの墓前でのシーンで、
全員が集合しているあたりに謙著ではなかろうかと思う次第で。

なんだか後感がとても小津チックなのですよ。
その結末は良くも悪くも判断しかねるのだけど、なんだかとてもあたたかい。みたいな。
言葉にするとやや気色悪いんですが。

ただその「家族や人生の素晴らしさ」みたいなのをストレートに描くと
本当に気色悪いわけで、そういう言葉の部分を削って、
そして緻密な映像設計を行った結果、こんなにステキで説明の
いらない作品が出来あがって、さあ大変。という感じで。

プロダクションデザインが秀逸なのは一見でわかるんですが、
それよりも巧妙なフレームワークがとても素晴らしい。
計算されたワンショットから、豪快なズームの多用、手持ちのようなパン、
非常に長回しなのにそれを感じさせない画構成など、
それを個々のカットが持つ意味合いによって丁寧に使い分けられていたりするので、
映像的に既視感から突き放されているのに、非常に心地よい。

この作品を安易に言及やカテゴライズしようとするとアホくさくなってくるあたりが、
映画として超越されているというコトで、
とりあえず観てくださいとかしか言えなくなるわけです。

(2002 10/20)
監督:M・ナイト・シャマラン

シャマラン監督3作目。試写会を全く行わないなどの、毎度ながらパブリシティから
緻密に練られた脚本。今回も「謎」を全面にした謎映画。


鑑賞後に思い出すと、ホアキン・フェニックス演じるメリルというキャラクタの
インパクトが物凄いわけです。
これがホアキンのハマり役、というかホアキンの演技力がすごいのか、
素でああなのか、 どちらかわからないんですが、
彼が居ることによって間違いなくこの映画はコメディだと断定出来るわけです。

特に終盤のはじけっぷりに関してはもうたまらないぐらいにアホキャラ全開で、
ちょっと涙が出てくるぐらい腹抱えて笑えるんですが。
「メリル!打て!」というセリフの後からリミッター解除です。要注意。
負けじと、メルギブ演じるグラハム&その子二人もアホなんですが、
ホアキンがブっちぎり大差レコード勝ちのために普通に見えたりします。

ただ構造面で、この映画、けっこう巧妙に出来ています。
ベースになる「謎」の部分、すなわちこの映画の核心であるかのように謳われている部分は
全部フェイクなんですこれが。「謎」は全く「謎」ではなくて「そういうもの」として描かれます。
監督の前作『アンブレイカブル』も全く同じ手法なんですが、違うのは
『アンブレイカブル』 はそれそのものが「そうである」ことがオチであったのに対して
『サイン』 は別の方向からテーマが飛んできます。
すなわち、途中からそのテーマがじわじわと浮き出て来て、最後に収束するわけで、
これがそれなりに心地よく収まって行くので、ちょっと感動してしまったりするんです。その構造に。

もう最後に全部セリフで説明したりするあたりが少しヤボったいんですが、
それでもああ、いいな、これは、と思ったりして終わって行くので、「通報しますた」で
終わっていく『アンブレイカブル』 よりかは遥かに後感が良い。

ちなみにこの隠れた本テーマがないと、この映画、日テレのUFOスペシャルと
何ら変わりない出来。
ただ、シャマランさんはそういうのを良く研究しているようで、それっぽい映像の
作りが非常に上手い。

あと確実にシャマランさんは田舎の人を愛のある目でバカにしてると思いました。

(2002 10/20)
監督:ジェイ・ローチ
シリーズ3作目。3部作の完結編とも言われてるんですが、
だいたいがマイク・マイヤーズ次第。

パロディを享受するためにはそれなりに見るほうに知識を要求するわけで、
それがまた国的ローカルなものだと全く理解不能だったり、
雰囲気で察するしかないわけですよ。
んなので007シリーズやら『羊達の沈黙』あたりはまだしも、
『フォクシー・ブラウン』とかは話に聞く程度、『オズボーンズ』 もそう。
そいでマイケル・ケイン関連(ベースになってる『国際諜報局』)とかになると
もうさっぱりお手上げ。

いわゆる毎度そーいう部分で置いておかれた気分でやや寂しいわけです。
また自分の無知を激しく呪ったりもするんですが。

そういう層の奥の部分を楽しむ作品だと思うんで、そこら辺がまったく理解できないと
「オープニングがすごいよねえ」という感想に終始してしまうわけで。

マイク・マイヤーズのコントそのものの方向性としても、そんなに派手な笑いでなくて
コトバのニュアンスとか間を笑うシュールな感じ、いわゆるよゐこ系だったりするので、
そのなんか宣伝回りがイェーイだとかゴージャスだとか言ってるのはちょっとなあ、と。
ギャップの部分までは狙っても仕方ないだろうし。

ただ序盤、オースティンがタイムスリップしてたどりつく70'sディスコのシーンは
ちょっと鳥肌モノでした。
特にビヨンセ演じるフォクシー・クレオパトラのフェロモン全開ぶりには
もう死して屍拾うものなし。

そのも一つジャパン向けのポイントとして東京が舞台になったりする部分があって、
ここのものすごい適当な日本描写に期待してたんですが、それもどうも微妙で、
全部ファット・バスタードにもっていかれてる感じです。
なんだもっとバカにして欲しかったのに、とちょっと拍子抜け。

あとはまあ、全体的に毒のない下ネタがまったり続くマイヤーズ新喜劇。
ただ男らしいこと、に前作、前々作に対する言及があまりないので、3からいきなり見ると
設定面での面白さが減ることになるんで、そんぐらいの予習が必要かと。

まあ、フォクシー見るだけでもけっこう楽しめますが。

(2002 9/13)
監督:曽利文彦
松本大洋原作の同名タイトルを映像化。
曽利文彦監督はカリフォルニア大学留学中『タイタニック』ん時にCGにも参加。
長編初監督。

宮藤官九郎脚本というのが何よりもポイントで、それが松本大洋の絶対的な雰囲気
の中でどれだけ活きるか、というのが最大の注目だったわけです。個人的に。

結果、ギリギリでした。
というか映像としてのテンポが脚本に追いつけてないというのが正直なところで、
どうも「感動的」に持っていきたい演出に殺されてるような気がしてしまったのですが。
特にそのイメージ的な映像の数々、蝶の羽や、無数のピン球に埋もれるペコや、真っ白い
空間等が、そのなんていうか完全に浮いてるわけで「これが見せたいんですよ」的勢いを
物語からひっぺがしたところで展開されているのでちょっとイヤな気分になってしまいました。

あとやっぱり音楽に統一性が感じられないのは、
既存のモノを無理矢理合わせてる部分が多いからなんでしょか。
SUPERCARのテーマ曲を劇中複数回使用するのもなんかなあ。
音楽的にも映像的にも、非常に溜めの部分がないんで、こう放出感に欠けるんですよ。
そのタイトルバックのシークエンスがもう一度劇中の中でつながるとしても、
まんまではなくてもっといやらしい捻りがあってもいいんではないかと。

で、その超ロングのタイムスライスで始まるタイトルバックなんですが、
まあ映像的な部分は置いといて、
その青空にゴシック体に白字で『ピンポン』のシンプルさが好きです。

それと微妙に漏れるクドカン節「そんだけ」とか「最初からウドン食うっつーの」とか
「ボーン!」「イン・ザ・USAも言いなよ」とかがやはり絶妙なわけで、たまらない。
あと大田の原作との挿げ替えもかなりいい。

でも今一つしっくりこないので作品的にはギリギリアウトだなあ、という感想。

(2002 9/13)
監督:ジョージ・ルーカス
いわゆるプリクエール三部作の真ん中。監督いわく全3部作と対になるので
『帝国の逆襲』 的位置付けの作品。なるほど、という部分たくさん。

あれだけ嫌われたジャージャー・ビンクスに監督はとどめを刺したのか、と。
ないしはジャージャーを創造主にしてしまったのかと。
そこら辺が悪質なのか迎合なのかよくわからないんですが、わりとどうでもいい部分。
とりあえずジャージャー支持で。

ある程度のこのサーガに対する知識、ま、簡単に言うと4−6、
そしてエピソード1をとりあえず見たぐらいでも、
このエピソード2が橋渡す部分は非常に多くて、ウロコがたくさん落ちるわけです。
個人的にはタトゥイーンでのもろもろとかに感動したりするわけで。
非常にきちんと伏線をまとめ上げてきているので、そこら辺、感動的です。

要素が本当に多すぎて個々のポイントが色々あると思います。
クライマックスのマスター・ヨーダが全部持って行く感は否めないにしろ、
それ以外にも、ナタリーの魅惑の変身や、わかりやすい暗黒面への移行、
宇宙空間での戦闘に闘技場でのモンスター、そしてクローンVSドロイドのモブシーン。
何処をとっても抜かりなく、
フルデジタルを得た画像はさらにその驚異を増して行くわけです。
そしてジャンゴ・フェットというキャラクターの使い方。
前回のダース・モールと同じで、その後の時間軸上にいないキャラクタの配置が巧妙。

ただただ、非常に気になるキャラクタが一人。
ジェダイ・マスター、オビ=ワン・ケノービその人なんですが、
この人は間違いなくこのプリクエールの主役というか苦労人というか、気の毒というか。
どう考えても今回のサブタイトルは「オビ=ワンの災難」でいいと思うんですが。

序盤からアナキンには反抗され、
なんか暗殺者を一人寂しく追跡して変な星に着いたら謎の歓迎、
そこでエラいもんを見てしまったからさあ大変、どうしよう、とか思って、
支持を仰いだら(このジェダイ評議会との通信シーンのオビ=ワンの
侘しい姿が脳裏から離れない) 、とりあえずジャンゴ捕まえてこいとか言われて
捕まえようとしたら、意外と強いし
あげくその場は逃げられて、そのまま帰るわけにも行かんので追ってみたら小惑星郡で
爆弾巻かれるわでもう大変。なんとかやりすごしてジャンゴの降り立った星に着いてみたら、
さらにエラいものを目撃(もはや家政婦クラスを突破)、通信しようと思ったら圏外
しかたないので、生意気な弟子に中継を頼むも、つながらない。
よもや、元女王とイチャついてるとは思っていない。

そんなこんなしているうちに捕まったり、師匠の師匠に、さらにエラい事実を聞いたり
処刑されかけてるところにすっかり使命を忘れて
のこのこ捕まった腕の良いバカ弟子と元女王の若気の至りセットを見てさらにゲンナリ。
なんやかんや、でなんとかなって師匠の師匠を追い詰めて見たらエラい強くてビックリ
仕方ないので腕の良い弟子になんとかしてもらおうとしたけどダメ

などなど、コレ以上言うと皆まで言ってしまいそうになるので、ここらへんで止めとくとして、
とりあえず1度目の失敗を踏まえた上でルーク・スカイウォーカーはきちんと教育されたの
だと言う事がわかります。

ただこの人ホントに運が良いのか悪いのかわからんあたりが素敵なのだと思いました。
あと序盤のアニー&パドメの吉田戦車が描いたようなラブシーンの数々は、
あべこべに挿入されるオビ=ワンの悲壮さを増すための
ルーカスの巧妙な本能に依るモノだと。

とりあえずこのエピソード2、4-6をも一度見直したくなるような要素満載。
楽しい、の一言に尽きるエンターテイメントの真髄。

(2002 9/6)
監督:クリストファー・ノーラン
『メメント』で、その圧倒的デビューを果たした同監督が2作目に選んだのは、
1977年のノルウェーの同名作品のリメイク。しかも豪華キャスティングを迎えての。

詰まるところ『メメント』のすごいところは、
構造劇の様相を呈しながら、最後に皆をうならせたのは
主人公の人間性の部分であり、構造に目をとらわれて完全に感情移入をしていた観客を
見事に裏切った点にあるんではないかと思います。

今回は、その人間描写の部分が特化、あげくアル・パチーノ、ロビン・ウィリアムスといった
いわゆる大御所の投入により、その演技の部分の激しさが増してます。
伏線や謎のような部分は特になく、犯人も中盤から登場し、
物語の中心はアル・パチーノ演じるウィル・ドーマーの葛藤とその行動。
それに付随するロビン・ウィリアムズ演じる、ウォルター・フィンチの自覚のない凶器と
ヒラリー・スワンク演じるエリーの疑問と追跡。
これらのバランスが絶妙に混じり合いながら、
静かに物語が収束していくシークエンス・ワークはかなり素敵。

それと物語のテンポを損なわないカット割、
特にブチブチちぎったような時間の経過を現す手法は心地よいんです。

色々と「すげえ」と思う点を挙げるとキリがない作品なんですが、
全体を見るとまったく地味で特にカタルシスもクライマックスもなく、
白夜の田舎町の景色が淡々と続く、まったりサスペンス。

それなりに雰囲気は重いんですが、なんとなく和みます。
撮影の全体の色調が抑え目なのも一役買ってるかと。

(2002 8/30)
監督:クレイグ・マクラッケン

米カートゥーン・ネットワークの人気作品の映画版、
国内でもテレビ大阪で放映され一部に大人気。
TV版の監督クレイグ・マクラッケンが自らメガホンを取り、
ほぼ全ての行程に深くかかわった意欲作。
きちんと日本国内で配給してくれたワーナーに感謝。


まずこの作品には大きな前提があるわけで、それは作るほうも見るほうも
みーんなガールズのことがだーいすき!(小堺一機ボイスで)

だいたい大きなパブリシティもなく、公開劇場も少なく、全米でもヒットせず
ほぼ話題性がないまま始まったこの作品に足を運ぶのは生粋のファンであり
この奇怪なキャラクターと世界観にテレビ版で魅了されてしまった
ステキな人達ばかりなのです。
だから間違ってやって来た人達は最初にふるいにかけられます。
パワーパフガールズが始まる前に、同じくカートゥーン・ネットワークの『デクスターズ・ラボ』
っつーシリーズの短編(監督も同じくマクラッケン)が上映されるんですが、これが悪質
水ぼうそうにかかったデクスターが体をかきまくってニワトリになってしまう(水ぼうそうは
英語でチキン・ポックスとか言うのでそこら辺から?) っつーだけのストーリーなんですが、
この水ぼうそうの描写がグロテスク、そして体をかきむしる音が輪をかけてグロテスク。

米アニメ=ディズニー的メルヒェン、などという安易な想像で「インターナショナルな感覚を
ウチの子に」と思ったマミー勢は呆然。当然キッズは阿鼻叫喚。
どうしていいものやら、という状況で本編は幕を上げてしまいます。

まあそれは置いといて、
何よりも、そう何よりも素晴らしいのがこの作品のオープニングのタイトルバック。
おなじみの曲の厚みのあるアレンジもさながら、
その曲をバックにモジョ(になる前の猿)が
ひたすら暴れまわる!
このデストロイっぷりがリック・ベイカーも真っ青のモンキーマジック!
もうこの時点、私、号泣です。

ストーリーはいわゆる"エピソード・ゼロ"で、
ガールズがどうしてタウンズ・ビルを守るようになったかとか、
モジョの展望台は実はガールズが作ったとか、
バターカップの名前の由来は頭文字合わせだけだとか、
いままでどうでもよくてあんまり気にならなかった
謎が次々と明かされていったりもしますが、
特筆すべきは、もちろんいつものスピード感。節度のない緩急、
も少し言うと溜めてからの猛スピードみたいな部分のテンポがやはり最強。
序盤のガールズが鬼ごっこで街を破壊するシーンの
映像体感速度は他に類を見ない勢いがあると言っても過言ではないです。

この端的なスピード感に合わせて、
も一つ物語としての大きな起承転結の速度があるんですが、
その緩急も節度がない為、中盤、非常に重たくなります。
飛ぶことを禁じられ、歩くことを余儀なくされる
ガールズの足取りの重さが映像のテンポを介して伝わってくる、見事に。

で、きちんとそこから徐々に上げてくるのでもうたまらない。再び号泣。

全てがあらゆる前提の上に成り立った上で、まったく期待を裏切らない作品です。
もちろん、それは日本語吹替版におけるスタッフ&キャストにも通じているわけです。

その、みんなでガールズを盛り上げよう、みたいな一体感がスクリーンの内外に
ひしひしと伝わる良作。だからある種排他的なのかもは知れないんだけど、それは知らん。

(2002 8/26)
監督:森田宏幸
『千と千尋の神隠し』の激的ヒットから1年、久々の脱宮崎駿作品。
森田監督は『山田くん』 からジブリに入った新戦力なわけですが、
他には『天地無用!in love 2 遥かなる思い』 で演出とかしてます。

 とりあえず先に『ギブリーズ』を見たほうが良い、と思うのは、
割と手段が目的になってるアニメーションで、映像的に魅せる、というか
特化しているのでちょっと鼻につくぐらいな点があるので。
個人的になんですが。
実験映像的ニュアンスをわざわざジブリがやる必要があるんだろうかと。
またその内側に向かっているタイトルセンスもどうなのかと。
確かに個々のエピソードに合わせた、アニメーション手法の使い分け等は
面白いとは思うんですが、もう少し練り込んだ話の中で見せて欲しいなあ、
と思ったりした訳です。贅沢な話ですが。
個人的には踊るところで完全に引いてしまったり。この間繋ぎ、いらねえなあとか。

 で、長い前置きはさておき、これ以下ただの絶賛なので要注意。
本当ならいかにハルラブリーかを延々語って終わりたいところなんですが、
大概の人が不愉快なテキストになると思うのでそれは少しだけで。

 簡単に言うと 「痛快!ジブリ新喜劇ネコミミ編」みたいなそんな作品です。
流動的で楽観的な女子高生と、変な猫達と、男前の男爵が繰り広げるスラップスティック。
その主人公・ハルの脱力っぷりは、いままでのジブリ作品からは考えられないような
柔軟な状況把握、すなわち「猫の国もいいかもねえ」みたいな、
「あー、まあそれもありかなあ」
みたいなところがオメガかわいい。 じゃなくて、なんとなく爽やかで心地よいわけです。
ただ千尋が「親が豚でもいいかもねえ」と言っても、それははなはだ親不孝なだけで
逆の意味で物語はより深刻になるわけで、その主人公を受け入れる世界観のライトさが
きちんと下地にあるから、この主人公の脳天気さがとてもよく生きてくる感じで。

 特にクライマックス、とりあえず激しく落下するんですが、
ここでのハルのセリフがこの上なく素晴らしい。ちょっと電気が走るくらいの。
これが恋?みたいな感じの(ちがいます)

 宮崎駿監督が自ら創る作品には何かしらの「問題提議」なり「教育指導的示唆」が
巧妙にアダプトされているわけで、
これはあれの隠喩で、とかもうかなりうっとおしいわけで。
これが高畑作品に変わると、変化球ではなくて150キロのストレートでズババンと来るので
もう空いた口がふさがらないわけです。(山田は除いて)
 で、
大御所勢から監督が変わった今回、わかりやすいことにそんなもの微塵もなくなってる
あたりにまずウロコが落ちたんです。 『耳をすませば』 も割と薄まってるんですが、
今回ほど、脱ジブリ色の強いのは正直意表を突かれた感じで。
 何よりも言葉の感覚がオッサンの考える少女の言葉ではなくて、「おジャ魔女ドレミ」や
「東京ミュウミュウ」といった少女に近い(同時に大きなお友達にも近い)作品で
脚本を書いている吉田玲子さんのコトバであるので
非常にナチュラルな印象を受けるんです。
現実的、というのではなくて物語的に、非常にテンポが良くて、意味として認識するよりも、
感覚である程度吸収できるような。

 そこらの人選の妙(池脇千鶴声とか)も働いて、この奇跡的リリカルでステキな作品が
完成してしまったのではないかと。本年度ベストリリカルタイトル。
いや、っていうか、あー、いいなあ、としみじみ思う作品です。そのタイトルバックから
EDのつじあやのソングまでが流れが本当に春風のような清清しさ。

んー、こんなに作品そのものを好きになったのは久しぶりなので、色々な人に
熱く語りたいんですが、完全に空回りしている気がするのでここら辺でやめときます。

(2002 8/6)
監督:ギレルモ・デル・トロ
痛快無比ヴァンパイア・アクション第二段。原作はアメコミ。
監督は前作のスティーブ・ノリントンからバトンタッチの『ミミック』 の人。

2作目であることを最大限に生かした偏差値20以下の最高傑作。

全方位型本格的スプラッターアクション!もう人間真っ二つとか、人間爆発とか
顔半分斜めに切られて落ちた半分の目が寂しそうに動いてる、とかもう最高。
ただその残虐要素からあまり痛みが伝わらないのは、だいたいのストーリー的
要素と人間的視覚を無視したアクションのスピードが心地良いからだと。

序盤、ブレイドと敵対するヴァンパイア達が「休戦だ。もっと強い敵が出たから。」という
ジャンプ系の展開がもうたまらないわけですが、ここでブレイドと共に闘うヴァンパイア
精鋭軍団"ブラッド・パック"とかいうのが大登場。ロン・パールマンはいるわ、
ドニー・イェンはいるわ、ハンマー持ったやつはいるわで、
もう好きな人には悶絶モノのヴァンパイア戦隊。
この時点で個人的なボルテージは最高潮。が、この後、よくわからないけど
すごい武器が次々登場、敵"リーパーズ"がものすごい数登場とか
嬉しい要素が雪崩のごとく押し寄せて、とても幸せな気分に。

後半は前半を無視したどんでん返しの連続で、もう、楽しいなあっクソっ!つう
感じで、もはや心の鍵を完全にスクリーンの向こうに握られっぱなし。

その何故にそこまで絶賛かと言うと、映像技術と魅せたいものが
完璧に調和しているんですよ。カンフーアクションでのフィルムの回転速度の
いじり具合とか、ワイヤーアクションの使いどころ、燃え落ちるヴァンパイアの
CGエフェクツ、どれ一つ浮いてなくてもうホントに心地よくてヨダレ出てるのに
気づかないぐらいの勢い。

あと何よりもヒーローマニアであるギレルモが、どうすればカッコいいかを完全に把握して
いるわけで、ブレイドがもうたまらなく男前。銃も剣もカンフーも使えて、裏の裏をつねに
掌握していて、真剣白刃取りもブレーンバスターも軽くこなす最強っぷり。

んー、そして終わり方が完璧
EDロールで"Wesley Snipes"と出た後で"BLADE2"とタイトルが出るあたりで
完全に泣いてました。

考える間を与えられない、心で感じる映画です。染みます。
ただスプラッターがダメな人はやめといたほうが無難です。

(2002 7/7)
監督:デビッド・フィンチャー
フィンチャー4作目。主演が二コール・キッドマンからジョディ・フォスターに突然交代、
あげくジョディは妊娠してたりで、色々役者事情が大変だった作品。

いわゆる密室劇なわけで、画的に単調になってしまう危険性があるわけですよ、
その演出やカット的な問題だけでなくて、全体的な色が単調になってしまいがちで、
感覚として退屈だと目の奥のほうの部分が感じてしまうような。

でもそこはフィンチャー。まったくユルむことのない113分。
映像的にはもちろん、もはや変態の領域と言っても過言ではない
建築構造を無視したカメラ&CGワーク等々、もう嬉しくて仕方がないんですが、
緊張感を切らさない演出の部分も素晴らしい。

特に犯人側のいざこざからアルトマンがドア向こうに立っている所の
場面転換とかのテンポの素晴らしさは悶絶級。

物語的に突然なところや、間抜けな部分もたくさんあるんですが、
そういう突っ込みが思いつくのは後から反芻してる時で、わりと上映中は
その緊張感に飲まれて、魂をわしづかみにされてしまいます。

なので見終わったあと、かなり疲れます。
その『セブン』 のようなマイナスの余韻も、『ゲーム』のような豆鉄砲を食らった
感覚も、『ファイト・クラブ』のような爽快感もなく、なんか疲労がのしかかってくる
ような、後感。

それでいてあまり何も残らない不思議な作品。

ただただ騙し絵のようなタイトルバックの感覚が、
この作品の全体を現してるような。

(2002 6/21)
監督:ジェームズ・ウォン
ジェット・リー、ハリウッド4作目。元はロック主演で進んでた企画だったとか。

いや怒涛の90分。

冒頭のジェット・リー(悪いほう)の最強っぷりから始まって、
いきなり次元転送の人間融解エフェクツ、ここまでで、ある程度映像を見せつつ
世界観の説明をやってしまうあたりにやや感動。
ネタはいわゆる別次元とか並行宇宙なわけで、それなりにSFなんですが
そこを無理に突き詰めはせずに、ただ、別次元にも同じ自分がいて、
それが死ぬたびに、他の自分がパワーアップするという謎の理屈を根底にしいて、
次々と他次元の自分を殺すジェット・リーをだいたい20分以内に説明終了。

この時点で全125人いるウチの123人のジェット・リーが殺されてる展開の速さ。
またこの125人のジェット・リーがスライドで次々に現れるのですが、
アフロのジェット・リーとか金髪のジェット・リーとか、どう見ても無理矢理キャラ強い
するためにビジュアル特化された(しかも驚くほど似合わない)ジェット・リーに
場内大爆笑。
ただ、これはもう完全にインターミッションでしかないわけで、
この後、ひたすらシリアス&アクションなわけですよ。

かと言って、マトリクス以後に作られた、ワイヤー&カンフー&CGの亜流的作品に
埋没する用な駄作でもないと思わせる点は、それなりのシナリオにあると感じたわけです。

この物語、ジェット・リー(良いほう)が登場するところから、もう一回物語りがスタート
するわけですが、この展開が一回目を踏襲しつつ、微妙にズラしている感覚とかが
なかなか面白い。そこから外面が同じ二人(一人二役なので当然なんですが)
が交錯しつつ、巧妙に入れ替わりつつ、伏線を貼りつつ、
なおかつわけがわからないほど力技のアクションを展開する。
単純に、ああ、おもしれえなあ。と。
んでダレ場がないんで、心地良く映像に委ねられるという塩梅で。

んー、そのハイなテンポで持ってこられて、クライマックスでいわゆる「対決」なん
ですが、ここがまたビジュアル炸裂で、火花の中で闘う二人のジェット・リー。
しかも片方が八卦掌、もう片方が形意掌。
いや中国拳法とか良くわからないんですけど、とりあえずカッコ良いことは、
両手を挙げたくなるこの衝動が証明している!とか思いました。

ラスト手前までは緊迫感と、伏線の効果的使用と、 キレイな終わりで収束させといて、
最後はものすごくB級的な荒っぽさで終わるあたりも好き。

完成度がかなり高い作品だと。 細部が粗い部分もひっくるめて。

(2002 6/13)
監督:チャウ・シンチー
香港映画の歴代記録をブチ抜いた、現在進行形で伝説の作品。
ドラゴンの魂を持つチャウ・シンチーが描く、漢の生き様の真骨頂!

カッコいいとはこういうことで、面白いというのもこういうことだ。
と。
もう素晴らしい、とかそんな陳腐な賛辞ではこの映画の印象を逆に悪く
してしまうのではないかと心配になるので、あまり言いません。
とりあえず見て欲しい、と。
このテンポとテンション、数々の収束していく伏線、落とす所の絶望感、
上げる所の高揚感、どこをとってもマキシマムとしか。

個人的なポイントとしては、練習試合で「帰ってくる」ところと、
やっぱり最後の試合の最後の最後。ここら辺号泣。

今、思い出しても目頭が熱い。

細かいところを上げるとキリがないんですが、タイトルバックなんかも
かなりカッコ良いんですよ 。

ワイヤーアクション&CGというのはハリウッドの主流ではあるんですが、
それをSFやアクションではなく、サッカーでやってしまうあたりがなんとも
素晴らしい。
ただその要素的なアウトラインだけでなくて、脚本がしっかりしているから、
ヴィジュアル先行のアホ映画に終わらない訳です。

いやもうなんか、生涯心に留めて置きたい一本。

(2002 6/2)
監督:サム・ライミ
マリオ・カサールが買った権利は転び転んでコロンビアへ、
そしてまさかのサム・ライミ登板。で、全米でも大ヒット。

いやすごい良く出来た第一話だと思います。
ダメな若者がヒーローとしての自覚に目覚めるまでを描いたプロローグとして。

ただなんか、思ってたようなスピード感がないんですわ。
そのスパイダーマンが飛び回る映像はそりゃ素晴らしいスピード感なんだけど、
映画全体のテンポが微妙に緩慢。
予告編のような圧倒的なテンポ、それとライミが『キャプテン・スーパーマーケット』
で魅せた、屈折したオッサンの正統派ヒロイズムが呼び起こすカタルシスなんかを
ものすごい期待して行くと、あまり小気味良くない、そのくせ描写が雑な
イベントムービーぶりに落胆は隠せないかと。

ただ逆にイベントムービーだ、バンザイ!みたいな感じで見れば問題ないかと。
特に残虐要素もないんでお子様からお年寄りまでキャパシティ広め。

んー、個人的に一番ネックになってるのがグリーン・ゴブリンなんすよ。
まず造型がどうにも緑色のスペクトルマンみたいでかなりチープ。
素のウィレム・デフォーのままのがずっと怖い。あと悪行が微妙。武器が謎。
狂気が中途半端。息子が脛かじり。最後になぜか人間味を見せたり。

あー、スパイダーマンがダメ人間なので、どっちかっつーと
適役が絶対最凶悪でメリハリ効いてたほうがなー、とか勝手に思うんですが。
ダメな若者とダメなオッサンの実現した変身願望が衝突する話だと思うとちょっと
切ない気分になってくるんですが。

ただこの第一話があるおかげで次からのつくりがだいぶ楽になると思うんで
そこら辺に期待。予習として是非見ときましょう。ってそれも変だしなあ・・・。

(2002/06/01)
監督:黄強華
台湾の伝統人形劇"布袋戯"をベースにSFXを追加したら大人気になったので
劇場版にして日本にも持って来ました的。

まず大事なのは、吹替版と字幕版を見た人間では感想が全く違うのではないかと。
何故かと言うと、吹替版は日本の俳優さんや声優さんが、それは熱演していると
思われるので物語に集中できると思うんです。

対して、字幕版、すわなちオリジナルの台湾版はオッサンが一人で全部の
キャラクターの声を当てている
ので、この部分がおもしろくて仕方がなくて、
気が気ではありません。女性のキャラクターもオッサンが裏声で当ててるのが
もう涙出るくらいおもろい。

あとセリフの間に微妙なうなり声「あぁあん」とか「うぅうん」とか言うのが
これまたおもろい。笑顔が崩れることない2時間。話は暗いんですが。

で、まあそれはわりと全体的に見ると些細なことです。
この映画すごいです。序盤、15分、誰が誰だか良くわからないまま、
おびただしい人数の人間(人形)が噴水のように血を出して死んだり、
必殺ビームが出まくったりします。
この時点でバンザイをしようと思いました。

で、何やら悪い"魔魁"(オメガ強い)というのを序盤で封印したけど、
非善類(なぜかエイリアン)が復活させたっぽいんですが、
この後、ストーリー内に魔魁さんは登場しませんでした。
直帰ですか?

この後のストーリーはそれなりに凝ってて微妙な伏線もあったりなんですが、
いかんせん序盤の戦闘がすごすぎたので、非常に退屈に思えて来ます。
声が全部オッサンだし。

で、終盤、また節度を失った爆発と人形破壊が行われて、ちょっと切ないエンド。

EDでは台湾の「キング・オヴ・ライヴ」、伍佰(ウーバイ)の唄う熱いテーマソング、
♪お前が死んでも、俺は自分の道を戦うぜー、みたいな曲
EDロールが流れ終わった後も黒いスクリーンをバックにひたすら流れる、
微妙な幕切れ。

終わった後に、これはすごいわな!と。
何が?とかじゃなくて、すごい!と。

ロケーションで人形っつーのがやや画的にシュヴァンクマイエルっぽくも
あるんで、そこら辺の違和感が好きな人にもややおススメ。

でも基本的にはトンデモ映画です。

(2002 5/14)
監督:リドリー・スコット

ソマリアの内戦にアメリカが軍事介入した際に起こった実話を
ベースにして描かれた作品。でもブラッカイマー製作なので。


まず東宝東和配給で、「ヘリ墜落」とかいうタイトルをつけられなかった事が
何よりも良かった、と。

で、どこまでリアルか、というと、それはもうリアルだと思うんです。
戦場の描写っていうのが一番人の視点に近い映像だと。
その半ばからの市街戦のどこからミサイルが飛んでくるかわからない
恐怖感っていうのが、鑑賞後にホッとするぐらい。生きて出られた、と思うぐらい。

あきらかにメッセージとしては、現代の戦争のテレビに映らない部分、みたいな
感じでアフガンだろうがイラクだろうが、人が血を流して死んでるんですよ、
という反戦色。軍人ってカッコいいよね、みたいな戦意高揚系のテンションの
高さは一部見せるんですけど、その先に待ってる非業の死っぷりが衝撃的すぎて、
やっぱり痛くて死ぬのはイヤだなあと思える様になってます。

ただリドリーの描きたかったのは戦場と人間、みたいな状況ではないかと、
それをいつもの鬼のようなプロダクションデザインスモーク空撮
美しく撮ってしまうわけですから、 視覚的な快感と状況的な不安が交錯する、
言わば見る者の感情を良くわからない場所に置いてくれる作品に仕上がってると
感じました。これはすげえなあ、と。

ただ、これ、確かにソマリア事件をある程度リアルに描いてると思うんですけど、
視点は完全に米側なんですよね、当然ながら。
だからソマリア民兵1000人以上の死亡と米兵19人の死亡の事件なのに
米兵19人の悲劇のみが物凄く重く描かれてて、ソマリア民兵の扱いっつったら
ゾンビバグズかないしはガンシューティングの敵、みたいな感じで、
ひたすら出てきては撃たれて死ぬそれでもどんどん沸いてくる
最後なんかヘリでひたすら打ち抜かれるんですが、作戦成功!な雰囲気で
微妙にカタルシス呼び起こすあたりがヤバいんではないかと思うんですが。

そのくせ、微妙に子供とか女性とかも描くあたりがブラッカイマー的卑猥さ。
これはソマリア人なら怒ると思います。むしろ怒らないとダメなんではないかと。

自軍の本部が野原で、横で子供が凧揚げしてるのは笑ってあげれるんですが。

すなわち、この映画の持つ反戦色というか嫌戦色っつーのは、「人類みんな
仲良くしないとダメなんだ」ということではなくて「他所のケンカに変に手を出すと
こっちも痛い目みるから止めといたほうがいいよ」って感じです。
すなわち自分本意。でもむしろ口先だけの理想論よりか、利己に基づいた考え方
のほうがずっとリアルだと思うんで、個人的にはこっちのほうが好き。

まあ、もろもろは色々なので置いといて、映像としてやはり兄スコットは
卓越してるなあ、とひたすら感嘆するのでありました。

(2002 5/10)
マルホランド・ドライブ
監督:デイヴィッド・リンチ

アカデミー監督賞にもノミネートされ、カンヌを始め、各賞を受賞。
受賞にあたってどういう議論が交わされたのかがかなり知りたい。


えー、もすごい勢いでわからない映画です。
わかりにくい、とか説明が足らない、じゃなくて"わからない"なわけです。
とりあえず、初めて見るときは、冒頭に「さて問題です」というテロップが
あれば、それなりに心構えが出来るわけですが、
普通にストーリーを一方的に享受しようとすると、頭に?をつけたまま
劇場を後にすることになると思います。

この映画は終わった瞬間に、その答えを自分で導かないといけない
いわゆる「問題」なわけです。
厳密に言うと、その「問題」を考える部分までが、この映画の一貫であると、
そんな風に感じました。 答えに、それなりの正否はあるかも知れませんが
んな事はどうでも良くて、そーいうわけのわからないモノの中からわかるように
組み立てるのが好きな曲者(妄想癖のある人)にはたまらない作品だと思います。

個々の場面が流れの上での"シーン"ではなくて、
後から自分で組み立てるパーツで出来上がってるんで、紛失しないように
きちんと整理して頭の中におさめておかないといけなかったり。

その"リピーター狙い"みたいなあざとさは配給会社がおそらくあとからつけたモノで、
これ何回も見るのもおもろいと思うんですが、とりあえず一回見て、そのインパクトの
中からあれこれ考えるのがかなりおもしろいと思うんですが。

あと、間空けて一年後とかに見るとか良さげ。

ひたすら画面内で展開する重低音と、緊迫感と、ギリギリの笑いが交錯する
この時間を、劇場で大人数で共有するっつーのは貴重な体験だと思いました。

(2002 3/29)
監督:クリストファー・ノーラン

全米で単館上映から火がついて、あっという間に大ヒット。
各賞にも続々ノミネートな感じで。


参りました。
時間軸を巧妙に操る映画は多々あれど、ここまできちんと
物語的な役割を持って作用しているモノは見たことありません。

「10分後の記憶がなくなる男」の主観で物語が戻っていくんですが、
これがまさに疑似体験。
自分がどうして現状にあるのかを探る手がかりはメモと写真のみ。
だんだん話が戻るにつれ、それらがどうしてそうなったのかが明るみに
なるあたりがすごい良いです。うなります。

そいで、戻る時間軸に並行して、もひとつの時間軸のシーンが展開されます、
最初、これがなんなのか良くわからんのですが、進むにつれ、うなります。

物語が収束するにつれ、うなりっぱなしで、頭がおかしくなります。

で最後のほうで油断するとわけのわからない映画で終わってしまうので注意。
終盤のほうまで集中力を温存しておかないと、パンフを買わされてしまったり、
もう一回見ようかな、とそんな策略に嵌まってしまいがちな怒涛の謎と
その手がかりを残して終わってゆくので。

個人的には、
その謎の残し具合がこちらの余韻を深めてくれるんで、すごい良いんですけど。

なんつうか、すごい映画です。ものすごい緻密に出来ている点で。

(2002 2/7)
監督:ヤン・シュヴァンクマイエル
長編としては4本目の監督作品。
チェコでは桃太郎ばりに有名な民話を題材にした感じの。

まずないけれども、これを東宝東和が配給したり、MAXAMからビデオリリース
されたりすると『恐怖の人喰いウッドマン』 とかそんな邦題をつけられて、
東欧では珍しいB級ホラーとして紹介されてしまうのでは、とか思うと
かなり面白かったんですが。

えーと「幼女」「モンスター」という、 非常にナード臭い二つの記号を豪快
展開されるわけで、見てるこっちはドキドキするわけです。

ましてや、それを前面に押し出した映画になってるとは思ってなかったので
3倍ぐらいビビりました。

前作『悦楽共犯者』 において、フェティシズム、もっと言うと性的倒錯の部分に
スポットを当てていたんですが、ペドフィリアっつー部分には触れてなかったんで
あーさすがにそれはアブなすぎるのかなあ、などと思ってたんですが、
今回はカメラの視点がソレでした。『アリス』 の時は性的な倒錯というよりは
少女幻想のような、ある種昇華されたモノだった気がするんで、今回は
このオヤジは本気だ!とか思いました。
本気っていうのは、日本のアニメ巨匠のように本当にアブないわけではなくて、
きちんと「気持悪いもの」として伝わるように意図されてるあたりです。

アニメーションに関しては毎度のことながら圧巻です。
あと細かいオブジェ、特に関係が今回は感動的。
地下室、食事、クローズアップといういつもの要素も満載。

んー、でもここ2作ほど、日常の中にある不気味さとか違和感とかの特異点
をクローズアップした映画なんで、そろそろ、世界観そのものが逝ってしまって
いる作品が見たいなあ、と思うのはやや贅沢なんでしょか。

(2002 1/21)
監督:金子 修介

シリーズ25作目。長かった。これが見たかった。


まずお詫びしたいのは、タイトルが決まった時点で「キングギドラを安売りするな」
と各方面に書いたり、酒の席で大の大人とは思えないほど熱く抗議をしたのは
全くもって間違いだったということです。

金子監督は、キングギドラという生物が如何に美しいかを、
非常にわかりやすく段階を追って説明をしてくれていました。
一つの要素でも欠けていればそれはキングギドラではなく、
それが全てのバランス上に出来上がった芸術品であることを再実感しました。
惜しむべきは、悪としてでの存在でなかったあたりなんですが、
それを覆ってあまりあるくらい、今回のキングギドラは素晴らしいです。
「千年竜王」という言葉面はややチープですが、それがスクリーン上に
現れた時に、そのコトバは魂を持ってこちらに降りかかってきました。
鳥肌が立ちました。泣きそうになりました。
『三大怪獣 地上最大の決戦』 において黒部谷で炎と共にあらわれた
あのたまらなく恐ろしく美しい瞬間に並ぶとも劣らないキングギドラが
そこにはあった気がします。

という個人的な思い入れは置いといて、です。
金子監督は、既存の怪獣の使用を無理矢理義務付けられた時点で、
だいぶヘコんでいたわけですが、それに重ねて、小動物映画を併映
された時点でブチ切れました。

今回のゴジラが白目しかないのはそこら辺の殺意のあらわれではないかと。

とりあえず、いつものごとく「50年前にゴジラが来た。それ以来は来てない。」
と間の23作品を全否定するわけですが、もはや恒例行事のようなものなので
さして驚きません。しかし、今回少し違うのはエメリッヒ版を踏まえてるあたりが
少し心憎い。でも後の展開になんの関係もないんですが。

序盤、まずバラゴンがよみがえるわけですが、珍妙なバイクに乗った
頭の弱そうな若者の集団が、封印の石像を壊してしまいます。
次のシーンでこの若者達は一人残らずバラゴンに惨殺されます。

そうです、金子監督は怒っているんです。

2つめ、モスラがよみがえるわけですが、 河原でキャンプに来ている
将来性のなさそうな若者の集団が、近くの売店から強盗をしている時に
偶然石像を壊してしまいます。
あげくその石像を番犬にくくりつけて湖に沈めてしまいます。
次のシーンでこの若者達は一人残らずモスラ(幼虫)に惨殺されます。
ちなみに犬は助かります。

金子監督はかなり怒っています。

だいたい4ダースぐらい人が死んだあたりで、ついにゴジラが出ます。
ちなみにここまでの被害はゴジラから国を護る怪獣によるものがほとんどです。

ゴジラが出てきた瞬間、温泉で卓球をしてる普通の若者が踏まれて圧死します。
なぜなら、金子監督が怒っているからです。

ここら辺でハム太郎キッズは次々と劇場を後にしだします。

正解です。ここからゴジラの人間皆殺しショー開始なので。
ゴジラが通り過ぎて助かった、と思った瞬間に尻尾が飛んできて死ぬ、とか。
とにかく人がたくさん死にます。
逃げ惑う人達に放射火炎ドーンとか。とにかく殺します。

そっから怪獣大決戦がはじまるわけですが、これはカッコ良すぎて
言葉なんかでは到底語れるシロモノではないので見てください。

人間ドラマ部も、宇崎竜童の演技力に目をつむれば見れます。
脇を固める役者がなかなか曲者揃いで楽しめたりもします。
前田姉妹も見れます。

これでゴジラを終わりにしときましょう、とりあえず。

(2002 1/16)
とっとこハム太郎
ハムハムランド大冒険
監督:出崎 統
小動物が大画面で動き回る不気味アニメ。
低学年齢層に大人気。

よもやのゴジラとのブッキング。そしてミニモニとのタイアップ。
まあ、ここら辺は上層部の思惑です。
多少の勘違いは否めませんが、まあなんとなくわかります。

さて、問題はなぜに監督に出崎統なのかというコトなんですが。
簡単に言うと壮絶系の監督さんです。
『あしたのジョー』 や『エースをねらえ!』等の熱い作品で有名なわけです。
唯一『ガンバの冒険』はネズミ達を主役に描いていますが、
イタチに惨殺されたりする、これも結構すごい話なわけです。
そんな人にハム太郎を撮らすとは、これ如何に?とか思ったわけです。

で、大変なコトになってました。

約1時間、問答無用でハムちゃんずを浴びせ倒されます。
一切の疑問の挟む余地がないほど、映像と音をたたみ掛けられるわけです。
良く考えると気が狂いそうになるので、あるがまま受け止めるのが最良だと
判断しました。

とりあえずハムハムランドは8時6分までの営業で、
ハムハム大学で学ぶのは8×6ばかりで、
ハム太郎の足のサイズは8.6ミリです。
ちなみに伝説のひまわりのたねは860年に一度しか現れません。

なぜだかわかります?86(ハム)だからなんですよ!

うわっこりゃあすげえや、とものすごい不安におそわれました。
自分のやっていることがすべて間違っている気分になってきました。

突然あらわれたミニハムずは何故かCGでした。

そしてそのCG監督が何故か樋口真嗣さんでした。

最後の最後、ハム太郎と飼い主の人が再会するシーンで
力石と矢吹のクロスカウンターばりの出崎演出が見られました。

今年最大最凶の不条理映画を見た気がします。
むしろ前衛映画と言っても過言ではないと思います。

そう、出崎さんは何かがキれていたんだと思います。

(2002 1/16)
スパイ・ゲーム
監督:トニー・スコット
ロバート・レッドフォード主演、ブラッド・ピットもやや主演の東宝東和の正月映画。
相変わらず、宣伝と中身が激しく違う映画だと。

スコット兄弟の弟のほうは作品に恵まれないわけです。
キ印の野球ファンが選手に嫌がらせをするだけの映画とか、
潜水艦の中で起こる内輪モメが解決するだけの映画とか、
情報化社会ってプライバシーがないよね、という極論だけで構成される映画とか、
とにかく、作品そのものに恵まれないわけです。

それなのに、そこそこ見れるモノに仕上げてしまうのが、トニスコの素晴らしさ
ではないかと思うんです。個人的に。いや、むしろ絶対に。

今回も、そういう作品なんです。
えーと簡単に言うと密室劇です。この映画。
予告だとそんなそぶりは全く見せないのが東和マジックなので
仕方ないんですが(なにせワニ映画に勝手に『UMA』というタイトルを
つけるぐらいなので)、それよりも何よりもブラッド・ピットである
必然性がゼロなんです。

このブラピ演じるスパイの名前がトムな時点でどこぞのイーサン・ホークを彷彿
とさせて「ひょっとしてハトが飛ぶんではないだろうか」とか、「大ピンチの時に
たまたま足元にナイフが落ちてて助かるんではないだろうか」とトラウマのごとく
不安になるんですが 、そんなコトはなくて、このトムくんはひたすらマヌケです。
本当にこんな人間でCIAが務まるんですか?スパイってこんな適当でいいんですか?
みたいな印象しか受けません。
むしろ役者的には、もっと情けない面構えの人間が似合う感じなんですが、
これがブラピなせいでなんでこんなに精悍なマヌケなんだろう
という違和感に襲われます。
どうせなら『12モンキーズ』のような完全にブチ切れた役なら両手を挙げて
大喜び出切るんですが、これはこっちがどうしていいのかわからなくなる
ぐらい微妙な感じで。

さて、そのトムくんが敵国で捕まるところから物語が始まるわけで、
あとは作戦室でトムくんがどんなやつなのかをひたすら回想する映画になります。
スパイとはマズくなると協力者でも平気で見捨てたり、過激派をけしかけて
自爆テロを誘発させ要人を暗殺したりするコトが判明します。
時期が時期なら非常に複雑な気分になるプロットだなあ、とか。

話はこの後色々くだらないモチベーションとかが大々的に発表されるわけですが、
それは置いといて、映像的にやっぱりゲロカッコ良いわけです。

トニスコ=ヘリコプター&空撮の定義は崩れることなく、今回もカメラは空から
ぐるぐるぐるぐる回ります。でもこれがカッコイイ。ビルの屋上で、テーブルを
囲んで二人、とか。あとカット割りの恐ろしいスピード、そしてフィルムスピードの
強弱具合とかがもうカッコイイ。かなり。

映像として、ここまで魅せてしまえば、一種アリだなあ、と納得してしまうぐらい。

ただ、話はなんでやねん、みたいな。んでも、それなりに伏線やら、それに
伴うカタルシスやらはあるんで、んー、やっぱそこそこおもろいなあ、と。

(2002 1/15)
監督:ジャン=ピエール・ジュネ

単館系の記録を叩き出したり、全米ランキングでも圏外からものすごい勢いで
上がってくるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いのフランス映画。
これのおかげでアルバトロスフィルムはしばらく安泰かと。


"『エイリアン4』 の"というのはもはやまぎれもないマイナスイメージでしかない
気の毒な肩書きを背負ってしまったジュネ監督です。
たぶんわりと必死だったのではないかと思います。
スチール等だけを見ると
主演のオドレィ・トトゥが一瞬ウィナノ・ライダーに見えたりもしますが、
そんな窃盗犯とは比べものにならないぐらい、オドレィはステキでした。

えー、内容はもうかわいい!かわいい!と言いながら花でも吹いて死にそうな
作品なんですが、このかわいい!がジャン=ピエール・ジュネというオッサンから
捻出されてると思うといささかイヤな気分になるわけです。

ま、それは置いといて
そのキュートさを裏付けるのは、様々なハイレベルの技術なわけです。
色調補正とかタイムスライスとか電子系の処理とかはもちろんすごわけなんですけど、
個人的にはそのモンタージュの圧倒的な完成度に心打たれたりしました。
現実と非現実のベクトルが同意の時空間で矢継ぎ早に交錯するわけですよ、
その個々の映像の持ちうる意味はバラバラであれど、それがひとつの流れと
なった瞬間のカタストロフっつーのは、直感的に深く響くなあ、と感動しました。

一見複雑に見えて、非常にキレイな流れを持った作品だと思います。
二、三度見てもたぶん飽きないぐらいに心地良い。

(2002 1/15)